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2006年8月17日 (木)

青春18×2歳の旅 追憶・昭和62年春

 昭和62年3月31日。国鉄最後の日の「謝恩きっぷ」で私は旅に出た。さて、その後どこをどう巡ったか、思い出せるだけ書いてみよう。

▼同じきっぷを買った級友2人とともに、早朝の東北新幹線を南下。彼らは確か「広島へ行く」と言っており、山手線を経由して(東北新幹線は当時は上野までしか開通していなかった)東海道新幹線まで私も行動をともにした。
▼名古屋で2人と別れ、関西本線特急に乗り換えて伊勢市へ。下車して外宮そして内宮へ参拝。内宮の近くの茶店みたいなところで赤福を食ったような気がする。
▼奈良経由で京都へ出るつもりだったが、そのルートではだいぶ時間がかかるらしいと知り、いったん名古屋へ引き返し、新幹線を使うことに変更。名古屋へ向かう関西本線の鈍行列車の中で相席となったオバちゃんに、手製ののり巻きをご馳走になるが、その代償として同じ話題を何度も聞かされるハメに…。
▼翌朝5時台の始発電車に乗るため、京都駅のすぐ近くにある安~い民宿に素泊まり。ちなみにこの宿、社会人になってから数年めに、突発的アクシデントで使わざるをえなくなることになるとは、この時の私は当然、知る由もない。
▼その夜、テレビでは“国鉄最後の日”の特番が組まれており、その中の企画ひとつで、私の大好きな「赤い夕陽のバラバラマン」こと斎藤晴彦が、蒸気機関車の前で『鉄道唱歌』を1番から最後まで歌っていた。中継地はたぶん京都の梅小路。ありゃ結構近くでやってらしたのね。
▼翌日(4月1日)以降は「青春18きっぷ」を使用。この日は天橋立へ向かう。途中、乗り換えで立ち寄った福知山駅では、JR誕生記念の餅つきをしていた。この振る舞い餅を朝食にしつつ、列車の旅を続行。
▼天橋立駅から、“股のぞき”で知られる傘松公園へは行った。行きは船に乗ったが、帰りもそうだったのか、橋立の松原の中を歩いて戻ったのか、あるいはバスなどを使ったのか、まったく記憶にない。

 うぅむ、限界だ…。
 ここから先の行程が、ほとんど思い出せない。ここまでは割とよく覚えているのに、どうしてその後は真っ白なんだかなぁ…? この晩はどこに泊まったのだろう。そして、どういうルートを何日かけて家に帰ったのやら。
 天橋立付近で宇宙人に連れ去られ、頭にナゾの金属片を埋め込まれたりとかして、記憶を消されでもしたのか、ワタシは??

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