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2006年8月30日 (水)

都庁彩色

41 2016年夏季オリンピック開催の国内立候補地として、東京が選ばれた。
← そんなことで、早速、都庁は祝賀のライトアップ(オリンピック旗に使われているの黒以外の4色っつーことらしい)の模様。思っていたよりも苦戦しながらも何とか県大会を勝ちあがり、祝・甲子園出場って感じか。
 まーしかし、こんなこと書くと都知事閣下に「非都民」なんて怒られちゃいそうだけど、何も東京で今さらまたオリンピックやらんでもいいじゃん、と思うのですね。
 かつて名古屋が勝てず、大阪も惨敗したからもう東京しかないという意見もあるけれど、それらは当時、ソウルや北京といった近場の競合相手のことを考慮しなさすぎた、いわば戦略ミスによる面が大きかったのではないか?
 その点では、今回はご近所と張り合うことはなさそうな気配だけど、その前の前の回(すなわち2008年)に北京開催だからなぁ。また東アジアってところで、広く支持を得られるのか疑問に感じるのは私だけ?
 とにもかくにも国内候補地に選ばれ、現職知事が再選を目指すなら強い追い風材料にはなるでしょうな。開催地を決める3年後のIOC総会でどんな風が吹くかは知らないけど。

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2006年8月29日 (火)

青春18×2歳の旅Ⅱ 幻の汽車旅

 去る7月某日、再び青春18きっぷを携え、私は旅に出た。
 今回のハイライトはSL。もちろん、SLとはSteam Locomotiveであって、決して苛めたり苛められたりして悦ぶという倒錯したお遊びなどではないから、安易にそういうベタシモなボケをかまそうとした者は深く反省するように。
 今を去ること30数年前、私がモノゴコロついた頃にはもう、田舎といえども近所の路線では既に電車(正確に言うと、電気機関車が客車を引っ張っているスタイルで、都会の電車とはだいぶ趣が異なるものだったが)の時代となっており、私の認識では、蒸気機関車が走る姿は長らく映像の中にしか存在しないものであった。
 それでもいつか、SLが引っ張る列車に乗ってみたい。しかも、どこぞの公園での試運転とかじゃなく、ちゃんとした営業路線を長区間走るヤツ。その念願を叶えるべく、今回は早起きして始発で北へと向かう。目指すは磐越西線。会津若松~新潟間を走る「SLばんえつ物語号」(*)である。
 ところが。

200618_729_3←郡山に着いて、会津方面への乗り換えの際にヒマつぶし用にと地域紙「福島民友」を買ってみたら、予想もしていなかった記事が出ていた。

う、運休…?

何ですとーーーーー!?

 「大雨が予想されるため」って、あーた、メチャメチャいい天気なんですけど!?
 前夜に決めたらしいけど、ちょっと決断が早過ぎないか?
 つーか、首都圏でももっとちゃんと目立つように告知しろよ、JR!! 知らずにひたすらズンズンと、もう会津地方まで来ちゃったオレは、いったいどうしたらよいというのだ(泣)

 かくして、「SLに乗る旅」は「ただ単に喜多方でラーメンを食う旅」にと変更を余儀なくされてしまったのであった。つづく。

 

*SLばんえつ物語号:観光用として、1999年より春~秋の土日やGW、お盆期間中に運行。基本的に1日1往復だが、日によっては新潟→会津若松、あるいはその逆の片道のみという設定日もある。

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2006年8月27日 (日)

ハイ、全員注目~!

Photo_6自転車で近所を走っていたら、ふと「桜塚やっくん」の文字が目に入ってきた。
こんなところにスケバン恐子が営業に来てるの!?…と戻ってよ~く見てみたら、何だよこれ。釣られたアタイが悪いのか。まったく、

ガッカリだよッ!!!

…それにしてもどんな「専門家」がお出ましになるのやら?

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2006年8月26日 (土)

メンデルの第二法則

Photo_8近所の八百屋で、とうもろこしが4本で250円。
で、買って帰ってすぐ茹でようと皮をむいてみたら…1本ハズレ(味はさほど遜色ないが、実のなっていない部分多し)が。
3対1……ハイブリッド種を交配した結果、第2代で発現した劣性形質か?

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2006年8月25日 (金)

旅先B級グルメ図鑑・静岡おでん  ★

200618_4_1200618_5_1 

 

 

 

 
静岡のおでんはちょっと変わっていると聞いた。この地のおでんの特徴(あくまでも私が数店まわって感じた印象だけど)は、だいたい下記の通りだろうか。
・具は基本的にひとつずつ串ざしされている。
・真っ黒なダシ汁で煮られている。しかし、食べてみるとそれほど塩気は強く感じない。
・鰹節の削り粉や青ノリをふりかけていただく。ただし、店によってはこれのないところもあるようだ。
・「黒はんぺん」という具がある。その実態は、東京で言うところの「つみれ」を平べったく延ばしたもの。
・その一方で、普通のはんぺんは見かけられなかった。

夜、おでん屋が集まる一角(写真下左)で一杯飲みながらつまむのもよろしいが、昼間に寄るなら下右側のような店(本業は駄菓子屋さん)がある。1本たった45円か55円と、実にリーズナブル。がんばって続けてほしいから、個人的にはこちらを推す。また食いに行きたいなぁ。
200618_200618__8←← 左:十数件のおでん屋が立ち並ぶ「青葉おでん横丁」
← 右:駄菓子屋でおでん…というがウケて、時折テレビで紹介されることも多くなってきたらしい水野商店

  

 

 

★本日の観劇★

まめや別館 『みやこ旅館』@スペース・ゼロ 19:00開演

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2006年8月24日 (木)

青春18×2歳の旅 蕎麦ときしめん

200618__5  B級グルメの宝庫・名古屋。伊勢からの帰り道で下車していろいろ立ち寄りたい衝動に駆られるが、今回はグッと我慢して東海道線上り列車に乗りかえる。いずれ日を改めて攻めようぞ。
 しかし、ついつい駅に立ち食いスタンドには入ってしまった。ハイ、やっぱりありましたよ、メニューに「きしめん」シリーズ。というか、券売機のボタンに出ているのは、そばときしめんだけ。へぇ、うどんはないんだ!? まぁ、きしめんはうどんの一種という考え方もあるが。
 もっとも、ホームの逆側(大阪方向)にある別のスタンド店は、オーソドックスにそばとうどんで営業しているようだった。熱狂的うどん原理主義派の方は暴れることなくこちらをご利用いただきたい。

…ところで今回のサブタイトル(「蕎麦ときしめん」)、名古屋出身のある作家の短編小説からいただいておりますが、わかる人はどのぐらいいるのだろう?

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2006年8月23日 (水)

青春18×2歳の旅 伊勢は?で持つ

 伊勢路の小ネタ。
 ある駅に停車したときに、ちょっと離れたところにある表示板をぼんやりと眺めていたら、書いてある駅名が

 

 

 一瞬、ワタシのアタマも「???」状態。しかし、よくよく見てみれば、その文字は「?」ではなく

  

でした。

 

…どうやら、このひらがなの下に、漢字で小さく「」(*1)と書いてあるのが、クエスチョンマーク下部の点に見えたようであります。降りて写真を撮れなかった(*2)のが残念なり。

 

*1:言わずと知れた(いや、そうでもない人も多いか?)三重県の県庁所在地。

*2:停車時間が短かったのである。思えば、行きはこの駅で10分近く停まっていたから、ここで気づけばよかったのだが、ちょうどその頃は、携帯で未練がましく飯田線情報をチェック(参照記事:当ブログ 8/14分)して、その日の朝から辰野→塩尻ルートでは運行再開との記事を発見。「ぬぉー、どうしてこうも裏目に出るのか!?」と軽く悶えていたので、外の光景など目に入っていないも同然だった。

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2006年8月22日 (火)

手がかり無し

 今日も話題は伊勢旅から少々脱線(列車の旅でこの表現は好ましくないか?)。
 先日、帰省した折に、昭和62年4月1~2日頃の旅程(参照記事:当ブログ 8/17分)がわかるものが残っていないか、旅物件をいろいろしまいこんである引き出しを漁ってみた。
 で、発見したのがコレ。↓
Jr 

 

 

 

← よく見えないが、下部に「あなたは本日JR西日本スタート日に乗車されたことを証明します。 昭和62年4月1日」と書いてある  

 これの近くに天橋立付近の観光案内図などもあったのだが、やはりここ以降の行程がわかるような切符とか拝観券とか宿泊施設の領収書といった物的証拠は一切発見できず。でも、その日のうちに鈍行で東北まで戻ることはできなかったはずなんだよなぁ。
 ホント、何処でナニして、どうやって帰ったんだろう、オレ?

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2006年8月21日 (月)

帰ってきたのだ

 東海方面旅行話の途中ですが(実はまだ終わってないんですよ、お嬢さん)、ひとまず本日、帰省先から戻ってまいりましたというご報告。
 この約一週間の夏休み中にもいろんなところをほっつき歩いてきました。これまでのストック分とも合わせると、この先1か月半ぐらいはこのブログのネタには困らないでしょうかね。もっとも、ここに書くまでの間に、旅の記憶が薄れてしまわないかと不安ですが。

…さて。自宅に戻ってみて、ちょっと驚いたこと、二題。

(1)某銀行からインターネットバンキング用のワンタイムパスワードのトークンが送られてきていた
 ご存知の方も多いかもしれないが、ワンタイムパスワードとは、インターネットバンキング利用(ログイン)時のユーザー認証方式のひとつ。顧客ひとりひとりには“トークン”というパスワード自動発行機が渡され、顧客はこのトークンに表示されるパスワード(一定時間ごとに新しいものに自動変更される)を使ってログイン・取引を行なう。万が一、悪質なスパイウェアに感染して、パソコンへの入力内容が第三者に漏れてしまっても、パスワードがいわばその時限りの使い捨てになるため、その情報を使って不正利用される危険性は極めて低い。
 で、この銀行が、これを導入したのはまことに結構なことだが…このトークンを某社のメール便で送ってくるのはいかがなものか? ウチの場合、外付けのポスト(中のものは、横の小扉を開けて簡単に取り出せる)に入れっぱなし。もし、誰かが持ってっちゃったらどうすんのヨ? そのようなセキュリティの低いポストを使っているワタシの責任ですか、あーそうですか。
 ま、このワンタイムパスワード利用への切替設定の際に、従来使っていたIDカードに記載されている乱数等の情報入力が必要なので、このIDカードもセットでない限り、トークンが他人の手に渡っても大丈夫らしいのだが…でもねぇ、やっぱりこういうアイテムって、書留郵便で送るべきものじゃないのかい!?

(2)電気機器類のタイマーの時刻設定がひとつも狂っていない
 なんでこんな当たり前そうなことで驚いてるのかというと、私が今回帰省の旅に出発したのは8/13(日)の夜だったからである。皆さん、まだ覚えておいででしょうか、その翌朝に東京の広範囲が数時間にわたって停電となる事故があったことを。不在だったがゆえに、自分の家も被害に遭ったのか正確なところはわからない。だがその日のニュースで「渋谷区」というテロップ入りの映像(明かりのついていない店とか、動かない電車とか)がさんざん流されていたもんだから、てっきり我が家も同じだろうと思っていた。ところがいざ戻ってきてみると、どうもそのような痕跡がない。家電についてるタイマーや留守番電話の時刻設定が、どれも出発前と変わっていないのだ。ということは、ウチはセーフだったのか!?
 冷凍庫に入れてた品々、廃棄せずに食べちゃっても大丈夫だろうか??

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2006年8月20日 (日)

旅先B級グルメ図鑑・てこねずし

200618__4三重県志摩地方の郷土料理。
漁師が舟の上で、時間を節約するためにカツオの刺身をしょうゆにつけ、酢をうったご飯に混ぜて、一緒に手でこねて食べたのが始まりだそうだ。
カツオのほかに、細長く切った海苔、青じそ、生姜などがちらしてある。
個人的には、もう少し甘酸っぱさが控えめな方が好みだなぁ。
針生姜を甘酢漬けでなく、きちんと生のもので作って(どうやらこれがデフォルトらしいのだが)あったら、ちょうどよい塩梅だったと思う。
店選びに失敗したかな?

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2006年8月19日 (土)

旅先B級グルメ図鑑・伊勢うどん

200618_1三重県伊勢地方で食べられてきたといううどん。
ゆでたうどんに、たまりじょうゆベースで作ったタレをからめてある。
かなり長い時間ゆでるのが特徴のひとつで、したがって讃岐うどんのようなコシはまったくない。
やわらかいうどんが好きな方にはおすすめするが、箸で持ち上げるときに、やわらかすぎてよく切れる。切れて落下したうどんが丼のなかのタレをはね、服に黒いシミができてしまう危険性があるから要注意だ。
(これは実際に被災したワタシからの忠告である)
熱いのを我慢して丼を持つか、少し冷めるのを待つか、あるいは周囲の目など気にせず犬食いしよう。

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2006年8月18日 (金)

旅先B級グルメ図鑑・松阪駅「元祖牛肉弁当」

200618__1200618__3

 

 

 

 


伊勢・志摩旅の途中、せっかく近くを通るのだからと、松阪で下車して購入。
肉は美味いことは美味いが、2切れだけなのがちょっとさびしい。
1260円で売るにはこれが限界なのか。

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2006年8月17日 (木)

青春18×2歳の旅 追憶・昭和62年春

 昭和62年3月31日。国鉄最後の日の「謝恩きっぷ」で私は旅に出た。さて、その後どこをどう巡ったか、思い出せるだけ書いてみよう。

▼同じきっぷを買った級友2人とともに、早朝の東北新幹線を南下。彼らは確か「広島へ行く」と言っており、山手線を経由して(東北新幹線は当時は上野までしか開通していなかった)東海道新幹線まで私も行動をともにした。
▼名古屋で2人と別れ、関西本線特急に乗り換えて伊勢市へ。下車して外宮そして内宮へ参拝。内宮の近くの茶店みたいなところで赤福を食ったような気がする。
▼奈良経由で京都へ出るつもりだったが、そのルートではだいぶ時間がかかるらしいと知り、いったん名古屋へ引き返し、新幹線を使うことに変更。名古屋へ向かう関西本線の鈍行列車の中で相席となったオバちゃんに、手製ののり巻きをご馳走になるが、その代償として同じ話題を何度も聞かされるハメに…。
▼翌朝5時台の始発電車に乗るため、京都駅のすぐ近くにある安~い民宿に素泊まり。ちなみにこの宿、社会人になってから数年めに、突発的アクシデントで使わざるをえなくなることになるとは、この時の私は当然、知る由もない。
▼その夜、テレビでは“国鉄最後の日”の特番が組まれており、その中の企画ひとつで、私の大好きな「赤い夕陽のバラバラマン」こと斎藤晴彦が、蒸気機関車の前で『鉄道唱歌』を1番から最後まで歌っていた。中継地はたぶん京都の梅小路。ありゃ結構近くでやってらしたのね。
▼翌日(4月1日)以降は「青春18きっぷ」を使用。この日は天橋立へ向かう。途中、乗り換えで立ち寄った福知山駅では、JR誕生記念の餅つきをしていた。この振る舞い餅を朝食にしつつ、列車の旅を続行。
▼天橋立駅から、“股のぞき”で知られる傘松公園へは行った。行きは船に乗ったが、帰りもそうだったのか、橋立の松原の中を歩いて戻ったのか、あるいはバスなどを使ったのか、まったく記憶にない。

 うぅむ、限界だ…。
 ここから先の行程が、ほとんど思い出せない。ここまでは割とよく覚えているのに、どうしてその後は真っ白なんだかなぁ…? この晩はどこに泊まったのだろう。そして、どういうルートを何日かけて家に帰ったのやら。
 天橋立付近で宇宙人に連れ去られ、頭にナゾの金属片を埋め込まれたりとかして、記憶を消されでもしたのか、ワタシは??

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2006年8月16日 (水)

青春18×2歳の旅 お伊勢参り

 伊勢うどんを食うのが主目的だったが、せっかくなので伊勢神宮にも立ち寄る。
 以前にも来たことがあるはずなのだが、どうやらちゃんと見てなかったのか、それとも微妙に記憶から欠落かつ勝手に誤情報補充してしまったと思しきことがいくつもあった。式年遷宮の方式とか、あるいは単純に「こんな橋を渡っていくんだっけ?」とか。
 だいぶ時間が経過してるとはいえ、なんか軽くショックだなぁ。

200618_1_3200618_1_5← 左:外宮、右:内宮   

 

 

 

 

 伊勢を歩くのはこれが2度目である。初回は19年前の春、3月末日。日本国有鉄道最後の日のことだ。
 この年に民営化・消滅する国鉄は、その最終営業日限定の「謝恩フリーきっぷ」を発売。これ、自由席なら新幹線や在来線特急も含めて日本全国(連絡線を含めて)乗り放題で、確か全国で1万人だったか10万人だったか(←だいぶ違うがな!)の限定数販売だった。ちなみに値段も忘れてしまったが…ちょっと調べてみたところ、6000円だったみたい。
 国鉄マンだった祖父から受け継いだ“鉄血”が騒いだ私は、その発売日の未明に約8kmの道をチャリ漕ぎして某駅まで出向き、同好のクラスメートとともに列に並んでこのプラチナチケットをゲット。10日後に車窓の人となったのである。
 まぁ、今思うに、これが1年先だったら大学入学のための上京やら何やらで、とてもこんなことに時間を割く余裕はなかっただろう。私としては絶好の時期だった。

 そのとき、なぜ伊勢へ行こうとしたのかは、よく覚えていない。ただ単純に、有名な場所だけどまだ行ったことがないから、ということだったのだと思う。確かその翌日(この日は18きっぷを使った)には天橋立も訪れたし。
 よ~し、この際、この時の記憶をできるだけ思い出してみようか。
 ということで、続きはまた明日、いま振り返る昭和の記憶のココロだーッ!

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2006年8月15日 (火)

青春18×2歳の旅 目標変えてもええじゃないか

 結局、私は飯田線の旅計画はいったんあきらめることにした。
 しかし、旅行自体をあきらめたわけのではない。既にその前夜発の下り「ムーンライトながら」(*)の指定券を買ってしまっているのだ。
 前日まであれこれ悩み検討した挙句、代替目的地として私は伊勢・志摩を選んだ。ローカルB級グルメ道をたしなむ者として、「伊勢うどん」を食ってみたい。ただそれだけの理由である。
 実のところ、いずれBグルの都・名古屋に突撃をかける際に、ついでに立ち寄って食べようと思っていたのだが、名古屋が擁するBグルはあまりにも数が多く、伊勢方面までは攻め入れないかもしれない。だから今回、先に片付けておくのも悪くない考えだ。
 よし、19年ぶりのお伊勢参り、ええじゃないかええじゃないか。

つづく。

200618_ml2* ムーンライトながら:東京-大垣間を走る夜行列車。1日のうちにより遠くへ移動したい“18きっぱー”にとっては非常にありがたい存在で、そのためこの時期はけっこう混みあう。東京発の下りは途中まで全席指定なので、座って旅をしたければ、まずは指定席を押さえておかなければならない。

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2006年8月14日 (月)

青春18×2歳の旅 立志篇

 ちょっと前にこのブログを未更新放置状態にしてしまったが、その原因のひとつが、旅ゴコロの発生なのだった。久々の鉄旅、しかもいいトシこいて「青春18きっぷ」(*)を使っての鈍行旅行をしようという腹である。
 あくまでもチープな旅を貫徹するために、あれこれ調べものを始めだしたら、もう止まらない。まぁしょうもないことに時間をかけて悩んで…他人様から見たら単なるアホというか、理解しがたい偏執狂かもしれん。

 で。
 わたしゃ本当は飯田線に乗りたかったのだ。
 何故?と問われれば、それが王道的ローカル線だから、未乗車区間があるから、東京からの1日コースが作れるから、そしてワタシの心をくすぐるご当地B級グルメが沿線にあるから、と答えよう。
 ところが…。

飯田線
伊那新町駅~辰野駅間の上下線にて、中央東線 塩尻駅~岡谷駅間(辰野経由)災害の影響により、運転を見合わせ、伊那新町駅にて折返し運転をしています。
なお、本日は伊那新町駅~辰野駅間では終日運転を見合わせます。

 正直、イヤな予感はしていたのである。出発予定の数日前にJR東海のサイトをチェックしたら案の定。
 そう。この頃(7月中~下旬)、梅雨前線停滞で長野県内、特に諏訪から上伊那地方は連日の雨に見舞われていた。そして発生した例の岡谷市内の土砂災害の影響で、飯田線に接続する線路が埋まってしまったのだ。ニュース映像から察するに、ここ数日の復旧は無理っぽい。
 シエーッ!
 東海道線→飯田線→中央東線で帰京という行程を考えていたのに、これでは途中でルート寸断・立ち往生ではないか。引き返すにも、その日のうちには東京へ戻れそうにない。
 近くの中央道を走る高速バス路線があり、途中それにスイッチする手もあるが、その乗り場とJRの駅がけっこう離れていて、雨空の中をだいぶ歩かなければならないのは必至。しかも見知らぬ土地だ。迷う可能性だってある。いかん。これはちと危険だ。
 さぁ、どうする、オレ?

ということで、明日につづく!

200618_1_1* 青春18きっぷ:発売および利用期間限定の企画きっぷ。使用期間は小・中・高校における夏休み・冬休み・春休みとほぼ重なる時期に設定されている。普通列車(快速等を含む)がまる1日乗り放題。5回分を1単位として発売されており、値段は11500円也。使用日には駅員あるいは列車乗務員に、その日付のスタンプを押してもらう。1人で5日分使うのがノーマルだが、例えばこの1枚のきっぷで同じ日に5人が各1日分を使用、といったこともできる。なお、名称に“青春”とあるが、そんな言葉はもはや似合わぬオッサン・オバハンだって使用可である。

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2006年8月13日 (日)

お盆進行なのだ

 明日から1週間、夏休みが取れた。今年も例の如く、イナカへと北帰。
 ということで、あぁ今日の今頃は僕は汽車の中~である。いや、いまどき、夜行で汽車は走ってないか。でも半日後にはホントに汽車の中にいる予定である。ま、このあたりの話は、いつになるかわからないけど、また後日に。
 ともかく、そんな事情で、しばらくアクセスできないものと思われるため、帰ってくるまでの間のブログを書きためていくこととする。日付とはまったく関係ない話(おそらくは旅と食い物の話題ばっかりになるだろう)のオンパレードだが、気にしない気にしない。
 なお、毎日24時直前に新しい記事が出るように仕込んでいく予定であるが、もしも1週間も経たないうちにもし更新が止まったら、徹夜作業の途中で力尽きてしまったんだなーと、ヌル~く哀れんでいただきたい。

それでは皆さん、よい夏休みを!

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2006年8月12日 (土)

怒濤の予感

 昨日書いた、1日観劇3連チャンのときに、それぞれの所から例によって折込チラシ(*)をどっさりもらった。
 中毒者たる私はマジメに1枚1枚眺めつつ、興味のあるものを選り分け、またビンボー症たる私は丁寧に1枚1枚めくりつつ、興味はなくとも裏側が白いものも選り分ける。
どうでもいいことだが、この“裏白”のおかげで、当分(というか、小劇場芝居を観にいく限り、半永久的に?)プリンター用紙は買わずに済みそうだ。
 で、もう一方、第一次選考をパスしたチラシ群を改めてチェックしたら、えらいこと(あくまで私的にだが)に気がついた。
 観たい芝居がやたら9月に集中しまくっとる!
 なぜじゃ~? 単なる偶然か、それとも涼しくなって客足が伸びそうな時期に公演を打とうって考える集団が多いのか??
 どう取捨選択しようか、ひっじょ~に悩ましい。ヤバい。無茶してしまいそうじゃ。

* 演劇(特に小劇場系)を観にいったことのある方ならおわかりだろうが、他劇団・ユニットの公演チラシを折り込んだ束が、座席にドサッと置いてあったり、あるいは入場の際に渡されたりすることがよくある。「ウザい」「重い」と劇場内に置いて(捨てて)いく向きも多いようだが、私は貴重な情報源(およびプリンター用紙)として重宝している。

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2006年8月11日 (金)

もっとレイトショウを

 先日、久しぶりに1日に3本芝居を観るという無茶をやってみた。
(本来はその当日の日記として書くべきかもしれぬが、どうか許されたし)
 一般の人からは酔狂としか思えない行為であろうが、私は時々マチ・ソワ(*1)のハシゴを敢行する。好きでやっているわけだが、それでも自分の体調やら座席環境やら、はたまた芝居の出来のせいで、首筋をゴリゴリしながら、あーなんかくたびれたのぅ、ナニやっとんじゃオレは…なんて日もなくもない。
 だから今回もさすがに最後はシンドくなるかも…と思いきや、3作品ともなかなかにおもしろく、まったく疲れもないままいい気分で帰宅。眼福というか、脳福・心福(そんな熟語はないが)という感じであった。

 さて、何故このような3連チャンができたかというと、その日に限り、22時という珍しい時間に始まる公演が1本あったからである。つまり、いつものマチ・ソワに+レイトショウで計3本となった次第。
 いや~しかし、上演時間が短め(1時間少々だった)の作品だからとはいえ、よくぞこんな時刻に開演設定してくれた。私のような観劇馬鹿には、たいへんにありがたい限り。
えらいぞ燐光群(*2)。ビバ坂手洋二!(*3)
 それでですね。驚いたことに、この22時開演の回、けっこう混んでいたのですヨ。週末だとか、狭い劇場だとか、演劇界では割と知られた人が出演…とかという条件を差し引いても、予想以上の盛況。
 ということは、実は結構需要あるんじゃないの? このぐらい遅い時間での上演って。
 もちろん芝居の長さとか終電時刻とか、劇場側の運営事情などの問題もあって、そう簡単なことではないだろうけど、できれば他の劇団さんもこんなタイムスケジュールを検討してみていただきたいものである。
…もっとも、22時スタートでも、仕事帰りにゃ寄れないんだけどサ、変則的な時間帯で勤務してる私にとっちゃ。

*1 マチ・ソワ:マチネとソワレ、すなわち昼公演と夜公演。なお、世の中には同じ芝居をマチ・ソワで繰り返し観るおかしなスゴい人もいるかもしれないが、私の場合は必ず別作品のハシゴ。

*2 燐光群:今回22時開演を試みた、すばらしい劇団。

*3 坂手洋二:燐光群主宰の劇作家・演出家。今回は久々に役者として板の上に。

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2006年8月10日 (木)

いささか打ちひしがれてます

 今日は別の話題を書くつもりだったが、個人的にショッキングなニュースが入ってきたので、急遽差し替える。
 既にこの訃報を耳にした方もいるかもしれないが、俳優(←あえてこう記す)の鈴置洋孝氏が、去る6日に肺がんのためにお亡くなりになっていたそうだ。
…享年56。まだ若いや~ん(泣)
 鈴置氏というと、『機動戦士ガンダム』のブライト艦長など声優としての活躍がよく知られているけど、実は舞台俳優としての活動もコンスタントに行なっていて、私としてはこちらの方がず~っとなじみ深い。
 俳優仲間(*1)を集めて行なうそのプロデュース公演(*2)は、いつも楽しく優しい笑いに包まれ、そして時にはホロッとなっちゃう、いい芝居だった。
 ある時、フラリと観にいった公演(確か、その時期割とお気に入りだった女優が出演していたのがきっかけと記憶している)でハマり、その後は、全作品欠かさず(ただし既に観た作品の再演は除く)追っかけるようになったんだよな。あぁ~、しかしもうあの楽しい芝居は観ることができないのか!
 鈴置さんよぉ、今年の冬に上演した新作は、いつもよりちょいと薄味だったじゃないか。あれが遺作だなんて、そんなのいかんよ。もう1本、ジーンとくる芝居をみせてちょうだいよ。
 そんな声はもう届かないか…。合掌。

*1:アニメ『サザエさん』のフネさん役で知られる麻生美代子さんは常連。その他、内海賢二、中尾隆聖といった声の仕事で知られる方々から小劇場の俳優まで、毎回いいメンバーを揃えている。

*2:5年ほど前まで、日本テレビが月イチで深夜に「劇場中継」を流していたことがあり、“鈴置プロデュース公演”はそこで放送される常連だった。そのオンエアを観たことがある人も結構いるんじゃないだろうか。

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2006年8月 9日 (水)

完全なる外人部隊

 引き続き、またも高校野球関連ネタ。
 昨日、県外選手の輸入云々の話を書いたが、今大会の某県代表高校は、なんとベンチ入り選手18人全員が他府県出身者なんだとか。
とある掲示板に書かれていた情報で、ウラを取っていないから間違っていたら申し訳ないのだが、その後その掲示板でも否定する書き込みがされていない(むしろその逆は複数あった)ので、おそらく本当のことなのだろう。
 う~ん、その県にお住まいの皆さんは、どう感じているのだろう? 素直に応援しようという気持ちになれる??
 もっとも、その高校はその県内にあり、問題の選手たちだってそこで高校生活を送っているわけだから、応援しないのはかわいそうだけど。
 ちなみに、その選手を県外人で固めた出場校の名前には、その県の名称が入っている。ま、詐欺とは言わんが、なんとも皮肉な話である。

…ということは、今回は46都道府県の選手が甲子園に集ったわけか? 問題の県から外の高校に“野球留学”して出場してる高校生がいたら話は別だが。

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2006年8月 8日 (火)

底辺からの浮上のために

 昨日に続いて、高校野球ネタ。
 とはいっても、いくら春の決勝で横浜にコテンパンにやられちゃったとはいえ、同じようなことを何も他地方の高校相手にやり返さなくとも…ってな話を蒸し返すつもりはない(←書いとるがな、しかも太字にして)。
 悲劇を繰り返さないためにも、ここは前向きに今後の強化策を考察してみるのだが、やはり手っ取り早いのは、他の都道府県から能力の高い選手を(ついでに野心あふれる監督も)かき集める、という手段だろう。もちろん、露骨にこんなことできるのは金のある私学限定だけど。
 それで躍進したのが青森県で、ここしばらくの同県代表の座は、関西などから選手をどんどん引っ張ってきている私学2校の寡占状態。それで甲子園でもそこそこ実績を残すようになったもんで、もはやかつての「最弱」イメージを払拭した感がある。
 とはいえ青森のように、口の悪い連中から「大阪第二代表」なんて揶揄されるほど輸入品主体のチームになっちゃうと、私ゃ思い入れっつーか、応援する気が薄くなってしまう。せめて県内の優秀な選手を集合させるといった程度にとどめてもらいたいものだが、そこまでもできる学校があの県にあるかというと…微妙だな。

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2006年8月 7日 (月)

惨劇再び

 えー、日々あれこれ考えごとやら調べごと(&たま~に遊びごと)に追われるあまりに、ついついまたしてもこのブログを無更新放置状態にいたしておりました。
 謹んでお詫びするとともに、さりげなくひっそり再開でありマス。
 なお、これからはちょいとスタイルを変えまして、その日その日の出来事にこだわらずにゆるゆると書いていく所存。
 とはいえ、残業多発とか長期旅行とか、果てはネタ切れ(これが一番心配だ)などをきっかけに、今後も時折このように失踪(あくまでもネット活動上で、ですよ)する可能性もあるワケで。
 そんなこんなを踏まえつつ、読者の皆様(←数少ないとは思いますが…)には、生あたたかい目で見守っていただければコレ幸い。どーかひとつ!(©小松政夫)

 さて、唐突ですが、夏の高校野球が始まりました。カンの良い方なら、これから私が何を言いたいか、もうおわかりでしょう。 

 

22-3

 

 引き算の問題ではありませんよ、これ。二十二・対・三。我が故郷の県代表校が、やらかしてくれました。

バレーボールの途中スコア

じゃないんだからサ・・・

 7点取られたあたりで、いたたまれなくなった私はチャンネルを変えたのですが、「そろそろ終わっただろ」と思って1時間ぐらいしてからまた覗いてみると、さらにむごたらしさを増大して、惨劇はまだ続いていたのでありました。

1イニングで12失点…。ひいいいいいぃぃぃぃぃ

 もうね、5年前に別の高校なんだけど、やはり郷土代表の初出場校が

20-0 という記録的大敗

を喫して以来の衝撃映像ですよ、福島県関係者的には。ただただ、呆然。
 案の定、某巨大掲示板ではネタにされまくり。さすがにかわいそうに思えてきましたナ。
ま、5年前に大敗した聖光学院は、その屈辱をバネに一昨年・昨年はそれなりに良い結果(去年は1回戦で古豪相手にノーヒットノーラン寸前の勝ち試合)を残したことだし、同じように臥薪嘗胆して戻ってきてほしいもんです、光南高校にも。
 とはいえ、県立高校の場合、強化はそう簡単なことじゃないよな~

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